関東大震災(1923)から100年ということで、TV番組でさまざまな特集が組まれて、バタフライエフェクトというほどではないかもしれないけれど、災害の影響で発展したものが紹介されていました。
記憶に新しいところでは、阪神淡路大震災(1995)の際にそれまでの電話より、普及が限定されていた携帯電話の方が連絡がついたということで、携帯電話の普及が進んだということです。
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- ※総務省「電気通信サービス契約数及びシェアに関する四半期データの公表」及び電気通信事業者協会資料により作成
1998年に始まった災害用伝言ダイヤル (171) は、それまでの電話で伝言を録音できる仕組みを災害に特化して始まったもの。伝言ダイヤルサービス自体はSNSの普及でなくなったものの、災害用伝言ダイヤル (171) だけは継続して提供されています。
東日本大震災(2011)の際に、それまでの技術で家族や親戚と連絡がうまく出来ていない状況をみて、韓国でのメッセンジャーアプリの経験をもってNHN日本法人で震災の3ヶ月後にリリースされたのがLINE(ライン)。今では20言語で対応し、主にアジアで普及しています。
関東大震災(1923)の際、火災で電話線も途切れて使えなくなり、海上からの無線なども使われていたそうです。復興とともに1925年には、民間のラジオ放送が始まり東京、大阪、名古屋に個別に放送局が生まれ、まもなく政府機関的に統合されていきます。当時のラジオ受信機は鉱石式や真空管式。ラジオが始まったことで広域に情報を伝えることができるようになり、ようやく災害の際にも早く状況(何が起きているのか)を多くの人が把握できるようになったわけです。 残念ながらその後の軍国化に利用されることにもなるわけですが....。
鉱石ラジオといえば60代以上の方なら、子供の頃に工作でゲルマニウムラジオを作った経験があるかもしれません。すごく単純な構造で出力が小さいのでイヤホンとかで聴くものでしたね。






