東京は新陳代謝の激しいところだから、知らない間に店が入れ替わっていて、ここは前は何だっけと思うことがよくあります。例えば、渋谷のIKEAはこの間までFOREVER 21で、その前はHMVだったというようなことです。
この数年の渋谷の変わりっぷりは激しくて、長年通勤で乗換え通過していた私でさえ、道に迷うくらい工事が続いてます。東急グループのサイトをみると、駅前だけでもヒカリエ着工の2009年から、スクランブルスクエアの2期工事が終わる2027年までこの工事は続くみたいです※。
2022年夏の時点では、東急東横店を解体中で銀座線を降りるあたりにあった伊東屋もなくなりました。いまは桜ヶ丘の方で大規模な工事が進んでいて、あれだけ沢山あったビル群がまとめて建て替わっているのは驚きです。

山手線沿いの恵比寿方面から見た桜ヶ丘の再開発
GoogleMapのストリートビューで、2014年からPCでは過去のストリートビューが見えるようになりました(スマホでもブラウザでPC版を表示させれば使えるようです)。2009年からの画像があるようなので、この10年の劇的な変化を確認してもらえると思います。2018年時点では「上州屋」のビルもあるのですが、2019年から工事が始まって、コロナで出かけなくなっている間に2021年5月の画像では、すっかり一帯のビル群が無くなって、さくら坂の入口からヒカリエと渋谷ストリームがみえる状態になっています。

Googleストリームマップ:タイムマシン機能使用例
1964年のオリンピック以前の渋谷は、在日米軍のワシントンハイツの影響もあって公園通りの方は普通の住宅地だったそうです。1990発行の雑誌「東京03」で「渋谷記憶地図」という企画で昔から住んでいる人にオリンピック前の地図を書いてもらうというものがありました。
それによると、東急百貨店本店(1967年開業)のところは大向小学校、Book 1stだった今H&Mがあるところはガソリンスタンドだったみたい。PARCO(1973年開業)のところが大成建設の社員寮で、PARCO Part2(1975年開業)でいまホテルのところが仁愛病院(いまもソコあるみたい)。LOFT(1987年開業)のところが中村歌ぇ衛門宅、SEIBU(1968年開業)の前はどちらも映画館だったそうです。

この画像ではTSUTAYAがあるQフロント(1999年開業)がなく峰岸ビルの頃

このように、駅前は東急系、公園通りはセゾン系の開発でこの50年間変化し続けているのが渋谷。時代に合わせ、その合間にいろんな店が場所を変えて生き残っているのが興味深いです。






